7月 10 2019

西安夜景スポットのご紹介

こんにちは。チャイナエイトです。

古都西安に行って来ました。次のブログで詳しく紹介しますが、まずは一番気に入た西安の夜景スポットピックアップします。

西安の中心とされる「鐘楼」です。町のこの建物を中心に、東西南北へ発展します。

「鐘楼」の隣にある「鼓楼」の夜景も素晴らしいです。

たくさんの城門を持っている中国で一番よく保存されている城壁も見どころです。

夜の城門に入ると、大変綺麗な夜景を楽しめました。

大雁塔の北広場に大きな池を作られています。

夜の定刻になると、音楽噴水が楽しめます。

唐代宮殿歌舞ショーをはじめ、数多くのナイトショーを楽しむことができます。

6月 20 2019

舞台の「朱鷺」のプリンシパル朱潔静さんをインタビュー

こんにちは。チャイナエイトです。
今回はNHKのある番組に頼まれて、上海歌舞団を取材に来ました。

上海市の西側にある長寧区に3年前に出来上がった新しい舞台「上海国際舞踏センター」です。

入口前の噴水は夕日の下でとりわけ綺麗です。

そして、今回取材の舞台「朱鷺」の紹介が劇場の入口で展示されています。朱鷺は中国と日本の両国とも、存在している貴重な鳥で、一時的に絶滅とされた動物でした。中国で偶然発覚した最後の数羽の朱鷺が研究者に重宝にされ、今また中国と日本で生存できるようになりました。

団長さんのインタビューで分かりましたが、舞踊をプロデュースする前に、日本の佐渡までも朱鷺の様子を撮影に行ったそうです。それで、中国、日本、アメリカ、韓国などいろいろな所で公演していました。

この舞台が大変美しく演出されたため、日本での公演も大人気だそうです。

では、現場撮影に入ります。

チャイナエイトが聞き手としてプリンシパル朱潔静さんをインタビューをしました。詳しくは後日また紹介します。

6月 12 2019

ハローキティ上海タイムズ 探訪記(4)

ハローキティ上海タイムズの7階から8階へ上がります。8階は「1930年代の上海」と言われます。
1930年代は上海の最も華やかな「租界地時代」とも言われます。西欧各国の人々と文化が上海に入り、上海が遠東最大の国際都市になりました。社交ダンスホールはその時代の一つのシンボルですね。

1930年代上海で一番有名なダンスホールは百楽門(パラモンド)と言います。

(1930年代の上海ダンスホール・映画写真)

ダンスホールの次は、1930年代の美容院です。

キティ要素充実の美容院では、スクリーンのように見える鏡は、実際に近づくと、自分の顔が映り、髪型を変えてくれますよ。

マカロン、パウダーがパーマをかけている最中ですね。

1930年代の美容院はみんなそうなんでしたね。パーマをかけるには、時間がかかって、ロッドをつけっぱなしですね。

パーマができるまで待っていますね。

美容院の隣は洋服店です。

プリンがテーラーに変身していますね。
キティちゃんに綺麗なチャイナドレスを作ってあげてね。
ベーグルが針を持ってくれていますね。

次は郵便局です。ピアノちゃんは誰に手紙を送ろうしていますか。

実はここは本当に絵葉書を買うことができますよ。お値段をメロディに聞きましょう。また、パスポート(別途有料)を持っている場合は、郵便物配送のゲームに参加することができます。

映画の撮影現場です。中国初めての映画は上海で撮影しました。主役はやはりキティちゃんが決まっていますね。

監督はバッドばつ丸です。
シナモンが…アシストですか。

パンダバとグッドはな丸は照明担当です。
バッドツインズは録音担当です。
いい映画を作れるよう、頼むね。

パパは時計屋をやっていますか。

キティ眼鏡店です。

店主はお爺ちゃんです。ここで、本当に視力検査のゲームができますよ。(パスポート要)

1930年代上海市民の足、路面電車です。チンチン電車とも言いますね。

(上海映画パークにある複製品写真)

中医クリニックです。Dr.けろっぴの診療所です。

チャイナドレスを着ているキティちゃんがお茶館に座っています。

ビッグリボンバンクです。昔上海の銀行ですね。

「當」と書いているは、昔の金融機関の質屋です。
バッドばつ丸とグッドはな丸のどっちがお金に困ったのでしょうか。

ドリンクバーです。
プリンとマカロンはさすが仲間ですね。

バッドばつ丸はメロディに特技を演じています。

8階は一番奥に「老舗商店」がありますが、サンリオのギフトショップです。

ケロケロけろっぴのバンドです。老上海の租界地時代に西洋音楽の演奏も上海で盛んでしたね。
パスポートお持ちの方は、舞台に上がってゲームに参加することができます。

シナモンのグリーティングです。お時間表を確認すれば、いろいろ楽しめます。

このような看板の時間をよく覚えて行動しましょう。
お時間決まりのある場所は、間違いありませんので、ぜひ時間に合わせて行きましょう。

最後になりますが、チャイナエイトが6階に戻って、79元のピカピカ色絵をやってもらいました。

チャイナエイトが選んだのはシナモンです。
79元で3日間持って行きましたよ。

最後ですが、出口前にこのような大きな映像ショーを楽しめました。「ファンタジー時空の城」の動画を楽しみください。

Youtube動画:https://youtu.be/26LGc1F_N0E

出口を出てから、またハローキティレストランと売店も楽しめました。

以上で、ハローキティ上海タイムズをお伝えしました。

6月 10 2019

ハローキティ上海タイムズ 探訪記(3)

学校から出ますと、1980年代の「上海家庭」に入ります。
このソファ、このテーブル、このテーブルクロス、この椅子、このミシン、このスタンドライト、すべて忠実に1980年代の上海家庭を再現しましたね。チャイナエイト子供時代の家庭も、そうでした。

居住状況が厳しいので、このような屋根裏もよくつけられます。その上をベッドルームにしています。普段ははしこがありませんが、上るときだけ、はしこをつけますよ。チャイナエイトの子供時代も、上に登って、逆さまに下を見るのが大好きでした。しかも、今屋根裏にいますが、メロディちゃんが見えていますか。

ベッドカバーのセンス、ソファのカバー、すべてあの時代の作りです。あれ、忘れていませんか。ここはキティの部屋ですから、ベッドにキティのリボンがついていますよ。

そして1980年代の中国の子供たちの机と本棚ですね。机の上に、「受賞証書」がちゃんと貼っていました。かつて、どこの家庭の子供もそのようにしていましたね。しかも、どこでも存在するキティの素材、そのリボン付きの椅子でした。

この戸棚はごく普通な物ですが、チャイナエイト一番気になるのは、その上に置いてある鉄缶です。それは1970年代から1980年代の中国の子供達の夢の食べ物です。「楽口福」と言いますが、麦芽乳の粉末ドリンクです。でも、チャイナエイトの子供時代に、とても贅沢で買えませんでした。家族にいとこがいて、彼女が食べている様子を見ると、チャイナエイトは羨ましい限りでした。

マイメロディのお母さんがセーターを編んでいます。1980年代の中国のお母さんは誰でもセーターを編むことができる時代でしたね。服を買うことがまだ贅沢で、自分でセーターを編んでいました。チャイナエイトの小さい頃も、ピアノちゃんと同じく、お母さんがセーターを編んでいる時、その毛糸を遊ぶのが大好きでしたね。もちろん、毛糸を整理するお手伝いもしていましたよ。

お上手ですね。どの位で一枚のセーターを作れるかなぁ?

中国っぽいですね。
昔の中国家庭は、すべてこのように縦に洗濯物を干していました。
部屋が狭いから、洗濯物を窓から出します。服から布団まで、お部屋の中で竹の棒につけてから、一気に出します。
この景観は今消えつつありますが、新しいマンションに引っ越すと、ベランダの中で横にしか干すことができませんでした。

キッチンです。
確かに、その時代の家庭は、読み終わった新聞紙を台所に貼ることで、油の飛び散りを対策しました。中華料理は油をいっぱい使いますからね。油だらけになったら、また新しい新聞紙を貼り換えます。
ここに貼っている新聞紙も、チャイナエイトの学生時代に、毎日お家に届けてくれる上海地元大変人気(唯一?)の夕刊紙「新民晩報」です。
チャイナエイトは毎日学校から帰って来たら、お爺さんがその夕刊を読み終わったら、最後のページにある数字パズルをハサミで切って遊んでいました。
お鍋、食器、天然ガスの缶まで、すべて忠実に再現していました。

なまいたの形、気づいていました?なかなか可愛いです。

キティの上海家庭から出て、町に歩きました。公衆電話、1980年代で最後の時代を迎えました。この公衆電話電話を見守っているおばさん達は、どこの家庭のプライバシーも知っていますね。誰の家庭にいつ親戚が来るか、誰の家庭に最近借金されているか、誰の家庭の子供が先生に叱られたか、その公衆電話を見守るおばさんが一番詳しいです。その時代に、プライバシーというは、なかったですね。

家庭の部屋が狭くて、洗濯はお家の中ではなくて、公衆の場所ですることも多かったです。
水代は家庭の人数割でそれぞれ負担しています。この蛇口の前は、近所の人との交流の場にもなっています。よく並びますが、家庭主婦のよく集まる場所です。

では、町に出ると、どうなんでしょうか。
これは朝ご飯屋です。
プリンが店主になっていますか。マフィンとベーグルがコックさんですね。スコーンが遊んでいるのは石炭ですね。その時代の朝ご飯屋は確かに、石炭で料理を作っていましたね。

プリンが持っているのは、上海人の朝ごはんです。
「大餅」=焼き餅、甘い味としょっぱい味の2種類があります。通常丸いのは甘くて、細長いのがしょっぱいです。
「油条」=日本語で揚げパンとも言います。「大餅」との組み合わせは絶品です。更に、豆乳と一緒に飲むと最高ですね。

そのほかの朝ご飯と言えば、「生煎饅頭」(焼き小籠包)がありますね。
今でも流行っていますね。昔は、確かに露天で食べていましたね。お箸の取り方、あのポットまで、その時代のままですね。

食料品の商店in1980年代の上海ですね。
チャイナエイト大好きなのは、店主マカロンの隣にある「自動お米販売機」ですね。販売機というより、量り売りですね。チャイナエイトの幼い頃、よくその販売機の隣でずっと座って、お米を買って来る人を待っていました。買いたい量を店主に伝えば、上から自動的にお米が流れてきます。顧客は自分でバケツや袋を持って来ています。
お米のほか、マフィンが担当している所は「食用油の自動販売機」です。圧力型で、油の空瓶を持って来て、量り売りです。

そのほかの穀物も、前の大きい秤(爪の形が可愛い)で売ってくれます。
番外ですが、1980年代の上海、食料の配給制も廃止しつつある時代でした。お米から油まで、80年代最初は配給券がないと、買えないですが、80年代の中期になると、ほどんと廃止になって、自由に買えるようになりました。

次は上海市民の町娯楽です。キティのお爺ちゃんが囲碁をやっていますね。対戦する相手は、どうぞ貴方です!

ジョーイとジュディが学校に行くのですか?元気そうですね。

あら、確かによく見かけた近所の子の場面ですね。バッドばつ丸くんはまた勉強をサボっていますね。厳しいママはどこの国も同じですね。ポチは笑っていますけど…

しかし、教育ママより、パパは公園でのんびりしていますね。チャイナエイトの父と同じですね。お家の中は熱いけど、扇風機を使うのに電気代がかかるから、外に出で、木の陰の下で夕刊紙を読んでいますね。
パパ、上海の夕刊紙「新民晩報」は面白いでしょうか。ガマの葉のうちわはその時代の物でしたね。

けろりーぬ、てるてる、でんでんが公園で遊んでいますね。

お爺さんは公園で中国将棋をやっていますね。対戦相手の貴方を待っています。

お父さんはぴっき、けろりーぬを連れて、町の図書室で遊んでいますね。1980年代の上海は、町それぞれに子供の図書室を設けていましたね。

公園から、次は「少年宮」という子供の遊ぶ施設へ来ました。1980年代の子供達の最高の遊ぶ場です。
めったに来れませんが、チャイナエイトも年に1-2回しか来れませんでした。理由は遊具が有料でしたからね。貧しかった時代に、この少年宮も憧れの場所でした。

少年宮の中に、ゲームセンターが設けられています。

結構昔のゲームの大型版です。無料で遊べるゲームもあれば、ハローキティ上海タイムズの「パスポート」(有料)スキャンで遊べるゲームもあります。ここでチャイナエイトは童心にかえって楽しめました。

少年宮の中に、もう一つ大変楽しめた施設があります。「星象館」と言いますが、床に横にして天井のレーザー映像を楽しめる施設です。
では、チャイナエイトとともに、動画を楽しみください。

Youtube動画:https://youtu.be/iKYcLneEpNQ (チャンネル登録してね)

以上で7階の「1980年代の上海」です。次に8階へ上がります。

6月 09 2019

ハローキティ上海タイムズ 探訪記(2)

6階を楽しんでから、7階へ上がります。ここは「1980年代の上海」をテーマにしています。
まずは学校です。キティとメロディが校門前に立って、赤いたすきを着ていますね。それは、本当にチャイナエイトの学生時代、中国全国どこでも同じですが、かなり優秀な学生しか選抜されていないですが、他の学生より早く学校について、校門前でたすきを着て登校を迎えます。そのたすきは「週間/月間最優秀な学生」の印なんです。
キティちゃん、メロディちゃん、頑張っていましたね。

そして、学校の運動場です。確かに、まだ物質不足な1980年代では、運動場不足なので、サッカーは贅沢な運動でした。ほとんどの学校にはサッカー場はありませんでした。それで男子はバスケット、女子はバレーボールが一般的でしたね。

そうだそうだ、これもチャイナエイトの小学生時代によく遊んでいた物でした。
名前は…何と呼ぶのかなぁ???

鉄棒も男の子が大好きですね。この逆様のぶら下げも、チャイナエイトの学生時代によくやっていました。

では、校舎に入ります。
教室の前に何人か立っていましたね。

 

 

赤いネクタイをつけているパンダバさんです。
このネクタイは社会主義の国家の印で、今の中国の子供達でもつけていますね。
そして、このユニフォームも、1980年に流行っていましたね。

バッドばつ丸くんのジュースを買っています。気づいていますか。
1980年代の子供たちは、ジュースの買えるお小遣いを持っている子はごく僅かですね。

バッドばつ丸くんは何を持っていますか?

では、教室に入ります。
黒板にチョークで書いた物はチャイナエイトの学生時代によく書きました。1-2週間に一度書き換えますが、漢字の上手いチャイナエイトはよく先生に指定されてチョークで黒板に宣伝文章を書きました。
しかし、ここの机の並び方は、1-2年生のように見えますね。

キティとメロディの間に座って写真を撮りたかったですが、恥ずかしくて、チャイナエイトはウサギに代わりに入ってもらいました。

学校の実験室です。
シナモン、けろけろけろっぴ、ポムポムプリンがやっていますね。

しかし、けろっぴがここの教室にいて大丈夫でしょうか。80年代の実験室に貴重な機材が置いていて、先生は絶対に勝手に使わせてくれないですね。

学校見学の最後、ポスターも見ました。5年生の優秀学生5名が紹介されました。
キティは国語ナンバーワン、メロディは英語ナンバーワン、プリンは数学ナンバーワン、プリンはフライト模型作りナンバーワン、けろっぴが組長で、「三好学生」(全方面優秀学生)に評価されました。
この「三好学生」とは、中国学生の最高評価で、「三好」とは、「学習が良い」「モラルが良い」「体が良い」の三つの意味です。チャイナエイトの学生時代にも、数度も学級の「三好学生」に評価されましたが、学校の「三好学生」を獲得したことがありませんでした。更にその上に、区の「三好学生」称号と市の「三好学生」称号がありますね。

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