6月 10 2019

ハローキティ上海タイムズ 探訪記(3)

学校から出ますと、1980年代の「上海家庭」に入ります。
このソファ、このテーブル、このテーブルクロス、この椅子、このミシン、このスタンドライト、すべて忠実に1980年代の上海家庭を再現しましたね。チャイナエイト子供時代の家庭も、そうでした。

居住状況が厳しいので、このような屋根裏もよくつけられます。その上をベッドルームにしています。普段ははしこがありませんが、上るときだけ、はしこをつけますよ。チャイナエイトの子供時代も、上に登って、逆さまに下を見るのが大好きでした。しかも、今屋根裏にいますが、メロディちゃんが見えていますか。

ベッドカバーのセンス、ソファのカバー、すべてあの時代の作りです。あれ、忘れていませんか。ここはキティの部屋ですから、ベッドにキティのリボンがついていますよ。

そして1980年代の中国の子供たちの机と本棚ですね。机の上に、「受賞証書」がちゃんと貼っていました。かつて、どこの家庭の子供もそのようにしていましたね。しかも、どこでも存在するキティの素材、そのリボン付きの椅子でした。

この戸棚はごく普通な物ですが、チャイナエイト一番気になるのは、その上に置いてある鉄缶です。それは1970年代から1980年代の中国の子供達の夢の食べ物です。「楽口福」と言いますが、麦芽乳の粉末ドリンクです。でも、チャイナエイトの子供時代に、とても贅沢で買えませんでした。家族にいとこがいて、彼女が食べている様子を見ると、チャイナエイトは羨ましい限りでした。

マイメロディのお母さんがセーターを編んでいます。1980年代の中国のお母さんは誰でもセーターを編むことができる時代でしたね。服を買うことがまだ贅沢で、自分でセーターを編んでいました。チャイナエイトの小さい頃も、ピアノちゃんと同じく、お母さんがセーターを編んでいる時、その毛糸を遊ぶのが大好きでしたね。もちろん、毛糸を整理するお手伝いもしていましたよ。

お上手ですね。どの位で一枚のセーターを作れるかなぁ?

中国っぽいですね。
昔の中国家庭は、すべてこのように縦に洗濯物を干していました。
部屋が狭いから、洗濯物を窓から出します。服から布団まで、お部屋の中で竹の棒につけてから、一気に出します。
この景観は今消えつつありますが、新しいマンションに引っ越すと、ベランダの中で横にしか干すことができませんでした。

キッチンです。
確かに、その時代の家庭は、読み終わった新聞紙を台所に貼ることで、油の飛び散りを対策しました。中華料理は油をいっぱい使いますからね。油だらけになったら、また新しい新聞紙を貼り換えます。
ここに貼っている新聞紙も、チャイナエイトの学生時代に、毎日お家に届けてくれる上海地元大変人気(唯一?)の夕刊紙「新民晩報」です。
チャイナエイトは毎日学校から帰って来たら、お爺さんがその夕刊を読み終わったら、最後のページにある数字パズルをハサミで切って遊んでいました。
お鍋、食器、天然ガスの缶まで、すべて忠実に再現していました。

なまいたの形、気づいていました?なかなか可愛いです。

キティの上海家庭から出て、町に歩きました。公衆電話、1980年代で最後の時代を迎えました。この公衆電話電話を見守っているおばさん達は、どこの家庭のプライバシーも知っていますね。誰の家庭にいつ親戚が来るか、誰の家庭に最近借金されているか、誰の家庭の子供が先生に叱られたか、その公衆電話を見守るおばさんが一番詳しいです。その時代に、プライバシーというは、なかったですね。

家庭の部屋が狭くて、洗濯はお家の中ではなくて、公衆の場所ですることも多かったです。
水代は家庭の人数割でそれぞれ負担しています。この蛇口の前は、近所の人との交流の場にもなっています。よく並びますが、家庭主婦のよく集まる場所です。

では、町に出ると、どうなんでしょうか。
これは朝ご飯屋です。
プリンが店主になっていますか。マフィンとベーグルがコックさんですね。スコーンが遊んでいるのは石炭ですね。その時代の朝ご飯屋は確かに、石炭で料理を作っていましたね。

プリンが持っているのは、上海人の朝ごはんです。
「大餅」=焼き餅、甘い味としょっぱい味の2種類があります。通常丸いのは甘くて、細長いのがしょっぱいです。
「油条」=日本語で揚げパンとも言います。「大餅」との組み合わせは絶品です。更に、豆乳と一緒に飲むと最高ですね。

そのほかの朝ご飯と言えば、「生煎饅頭」(焼き小籠包)がありますね。
今でも流行っていますね。昔は、確かに露天で食べていましたね。お箸の取り方、あのポットまで、その時代のままですね。

食料品の商店in1980年代の上海ですね。
チャイナエイト大好きなのは、店主マカロンの隣にある「自動お米販売機」ですね。販売機というより、量り売りですね。チャイナエイトの幼い頃、よくその販売機の隣でずっと座って、お米を買って来る人を待っていました。買いたい量を店主に伝えば、上から自動的にお米が流れてきます。顧客は自分でバケツや袋を持って来ています。
お米のほか、マフィンが担当している所は「食用油の自動販売機」です。圧力型で、油の空瓶を持って来て、量り売りです。

そのほかの穀物も、前の大きい秤(爪の形が可愛い)で売ってくれます。
番外ですが、1980年代の上海、食料の配給制も廃止しつつある時代でした。お米から油まで、80年代最初は配給券がないと、買えないですが、80年代の中期になると、ほどんと廃止になって、自由に買えるようになりました。

次は上海市民の町娯楽です。キティのお爺ちゃんが囲碁をやっていますね。対戦する相手は、どうぞ貴方です!

ジョーイとジュディが学校に行くのですか?元気そうですね。

あら、確かによく見かけた近所の子の場面ですね。バッドばつ丸くんはまた勉強をサボっていますね。厳しいママはどこの国も同じですね。ポチは笑っていますけど…

しかし、教育ママより、パパは公園でのんびりしていますね。チャイナエイトの父と同じですね。お家の中は熱いけど、扇風機を使うのに電気代がかかるから、外に出で、木の陰の下で夕刊紙を読んでいますね。
パパ、上海の夕刊紙「新民晩報」は面白いでしょうか。ガマの葉のうちわはその時代の物でしたね。

けろりーぬ、てるてる、でんでんが公園で遊んでいますね。

お爺さんは公園で中国将棋をやっていますね。対戦相手の貴方を待っています。

お父さんはぴっき、けろりーぬを連れて、町の図書室で遊んでいますね。1980年代の上海は、町それぞれに子供の図書室を設けていましたね。

公園から、次は「少年宮」という子供の遊ぶ施設へ来ました。1980年代の子供達の最高の遊ぶ場です。
めったに来れませんが、チャイナエイトも年に1-2回しか来れませんでした。理由は遊具が有料でしたからね。貧しかった時代に、この少年宮も憧れの場所でした。

少年宮の中に、ゲームセンターが設けられています。

結構昔のゲームの大型版です。無料で遊べるゲームもあれば、ハローキティ上海タイムズの「パスポート」(有料)スキャンで遊べるゲームもあります。ここでチャイナエイトは童心にかえって楽しめました。

少年宮の中に、もう一つ大変楽しめた施設があります。「星象館」と言いますが、床に横にして天井のレーザー映像を楽しめる施設です。
では、チャイナエイトとともに、動画を楽しみください。

Youtube動画:https://youtu.be/iKYcLneEpNQ (チャンネル登録してね)

以上で7階の「1980年代の上海」です。次に8階へ上がります。

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